出産後の私 手術そして闘病生活 1 2 産婦人科と
血栓症の関係について
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出産後私のこと(1999年7月26日以降の話)

1 子育て・・・

毎日毎日、初めての子 Ryuに明け暮れていた
ミルクをあげおむつを替え本の通りになんか全然いかないこと頭ではわかっていても大変だった
どうして泣いているの?おなかがすいたの?ねむいの?どこかくるしいの?
疑問ばかりでなかなか解決にはならない
病院ではおっぱいがほとんど出ずに
助産婦さんからは退院の時おっぱい不良というありがたくない称号?までもらった

当たり前のことだけれど
子供を産んで育てることの大変さがやっとわかってきた
年齢がいっての出産だから自分では落ち着いていたつもりだけれど
やはり新米ママ おろおろしたりもした

母には貴女は育児ノイローゼになんかならないわね って言われた

私のイメージってそうなのかな?

唯一、夜はわりと眠ってくれる子だったので
私たち親も眠ることが出来た

生後3ヶ月はベビーバスでお風呂に入れていた
3ヶ月過ぎて普通のお風呂で一緒に入っていた時
10月・・・
溺れさせてしまった・・・
あわてて引き上げて泣き声を聞いたときはほっとしました
ぎゅっと抱きしめた
バスローブを着ている私のおなかの辺りが濡れていた

お漏らししちゃったんだね ゴメンネ

そう言いつつも笑ってしまった いけないママでした

10月の育児日記に顔を見ると笑ってくれて嬉しいって書いてある
Ryuも成長・・・そして自分も成長・・・


一緒に大きくなっていくんだね

毎週水曜日にはパパの両親つまりRyuのじぃじとばぁばが来てくれていたので
すごく助かっていました 
1週間に1回のリフレッシュ日 一人ランチをしていました
これはRyuの幼稚園入園まで続いていました
最近ではじぃじとばぁばはRyuの行動についていけないよって言うようになりました
言えばなんとかわかるRyuだけど嬉しい楽しいことが優先して
人を思いやる気持ちに欠けているかも

じぃじもばぁばも大変なんだからもう少しいたわってもらわなきゃ これからは・・・

前後したけれど
出産後、月に1回のペースで病院へ行く
Ryuの里心がつく前に・・・
Ryuがまだママのことをはっきり認識する前に・・・
子宮筋腫の手術を12月に決めた